スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

感謝

bunrumamaさんのブログから飛んできて
レディの記事を読んでくださった方々へ

愛犬と飼い主の死別は
悲しいけれど、世界中で起こっている日常的な出来事です。

そんな中の、名前も知らなかった1匹のわんこのお話に
耳を傾けて下さって、ありがとうございました。
こんなに多くの人達にレディの事を知ってもらえて
本当に嬉しかったです。

家族の一員として動物と生活されてる方たちと
その子たちが、1日でも長く楽しく過ごせますように
お祈り申し上げます。


みさ



スポンサーサイト

お別れ

今さら・・・と思いましたが
あの子が、最期の最期まで生き抜いた証しを残すことにしました。


レディは5月26日午前6時55分に、主人の元に旅立ちました。
昨年6月、顔面麻痺の発病からずいぶん頑張りました。

昨年暮れには、もう年は越せないんじゃないかと思うぐらい
食欲も落ち、衰弱していましたが、食事の工夫とレディの気力で
思いもよらず、また今年の桜を見る事もできました。

レディの顔面麻痺は、体中に広がる皮膚がんの脳への転移らしく
獣医さんの予想通り、目や舌、四肢など体中にどんどん
麻痺が広がっていきました。

2月頃からは、缶詰の療法食をミキサーでドロドロのペースト状にし
トッピングとして大好物の果物や野菜のみじん切りをのせるあげると
1日4回の食事をいつも完食してくれました。

と言っても、その頃からお皿の中の物やお水を自力で摂る事は
出来なくなっていたので、私がスプンで口元に運んであげると
とっても上手に食べていました。

3月に入る頃には
日によっては辛うじて寝返りが出来る日もありましたが
自力で起き上がる事ができなくなってきました。

排泄の時など、起きたい時に足をバタバタさせるので
気付いて起こしてあげると、よろよろした足で
一生懸命、自分のトイレの方向へ歩こうとしてました。
その行動は亡くなる寸前まで続き、オムツをするようになっても
そのまま排泄してしまう事に、かなり抵抗があったようです。

その頃の私は
時間の拘束はありましたが、離乳食をスプンで食べさせたり
寝返りを助けたり、赤ちゃんを見守る母のような心境で
レディが可愛くて、愛しくてたまりませんでした。
レディの日々の環境を整えてあげて、寂しくないように
辛くないようにしてあげたい気持ちでいっぱいでした。

その後も、少しずつ病気は進行していきましたが
歩行補助具を付けてお庭を散歩したり
抱っこして日向ぼっこをしたり、ゆっくりと優しい時間が流れていました。


でも、24日(亡くなる2日前)の朝から突然食欲がなくなりました。
いつものようにスプンを口に持っていっても真一文字にかたく閉じて
食べたくない・・と言うより完全に拒否している感じでした。

「食べないと死んじゃうんよ。食べなさい。」と
口にねじ込もうとしましたがダメでした。
獣医さんに診ていただきましたが、これ以上、強い薬を飲ませるより
水分を充分に摂らせて様子を見ましょうということでした。

それからレディの最期を予感した私は、亡くなるまでの
殆どの時間をレディの傍で、同じ目線で横になっていました。
体中を撫で、お互いの鼻と鼻をくっつけ
抱っこをしながら、いっぱい話しかけました。

聞こえない、見えない、動けない体でも
私の体温、匂いを充分に感じて安心していたと思います。

26日の朝、いよいよ最期の時が来たのが私にも分かりました。
娘と、レディの体中を撫でながら

「レディありがとう。愛してるよ。もう逝っていいよ・・逝きなさい」と言うと

「うぅ~うぅ・・」と二声聞かせてくれて、その後す~と安らかに息を引き取りました。

レディの声を聞いたのは、ほんとに久しぶりでした。
聞こえてないはずなのに、お互いの気持ちが通じたんだと思います。

その日、14年間お世話になった獣医さんにお知らせすると
「愛されて精いっぱい生きた子の最期は安らかですね。
レディちゃんも〇〇さんも、もうこれ以上の事は出来ないくらい頑張りましたよ。
小さい頃からあれだけの病気を持った子でも、飼い主さん次第で
ここまで生きられると言う事を、私も今更ながらに勉強させてもらいましたよ。」
と言ってくださいました。

私はその優しい言葉に救われる想いがし
この先生に診て頂いたから、レディも幸せだったなと思えました。

14年と22日。
私達家族にとって、レディは宝物でした。
私たちの笑顔と涙の側にはいつもレディがいました。

今頃、レディは大好きだった主人と再会を果たし
元の元気な体で走り回ってるといいな・・。
きっとまたいつか、みんなで逢えると本気で思っています。

s_CIMG0727.jpg s_CIMG0734.jpg
頑張ってリハビリしてました

s_CIMG0744.jpg  s_CIMG0740.jpg
5月4日 14歳のお誕生日~♪    「う~ん美味しそう♪」
13歳のお誕生日から激変しましたが嗅覚だけは健在


s_CIMG0777.jpg 110526_140008.jpg

5月24日(亡くなる2日前)              虹の橋を渡る時に
とても安らかな寝顔                   持たせたお弁当
四六時中そばにいました


  元気だった頃  

100127_234326_ed.jpg

s_CIMG0480.jpg  s_CIMG0482.jpg

       レディありがとう
       楽しかったね              
       また絶対逢おうね






今日のこと

日だまりの信号待ち

おくるみに包まれた我が子をいだく

その母の横顔は

まるで聖母のよう・・

そこには確かな幸せが輝いて見えた



そして、その刹那に

かつて、娘を授かった喜びと

主人に守られていた我が身を重ね、胸が熱くなった


近況報告

みなさま、お久しぶりです。

...と言っても何人の方が覚えてくださっているのか
定かではありませんが・・・

あれから、かれこれ4ヶ月も経ってしまい
時間の経過の速さに驚いています。

今も毎日、以前と変わらぬ生活をしていますが
今年の夏は、私の体の中に小さな癌が育っていたことが判明しました。

癌と言っても大腸ポリープだったのですが
先生曰く「しっかりグループ5(最上級らしい)まで育ってるやないか~!」
「ポリープ言うても5年間は癌患者やからな~!」と。

健康診断ではノーマークだった大腸の癌を見つけてくださった先生に
感謝です。
幸にして、ポリープ(腸壁)の血管リンパの転移が無いとのことで
少し安心しました。

それからは、以前から持っている胃、胆嚢ポリープの検査・・もろもろで
とてもめんどくさい月日が流れました。


その頃、同時期に愛犬のレディが顔面麻痺になり
今現在も両頬の筋肉は落ち、両瞼も閉じずヨダレが止まらない状態です。

以前に写真で見ていただいた可愛いらしい顔とは程遠い
おばあさん顔になってしまって・・・。

でも食欲は旺盛で、よれよれ、よたよたになっても
一生懸命生きてる姿は愛おしいの一言です。


そんなこんなで
あんまりいいこと無い我が家ですが
誰かに、何かに、導かれながら日々過ごしています。

今回の事(私の病気)で
もういい歳をした娘が子供のように泣きじゃくる姿を見て
もう少し・・子供たちが幸せな結婚をするまでは
自分の身体を労ろうと心に決めました。

最後に・・こんなに長い間放置したままのブログに
今も、たま~にお越しくださってる皆様、ありがとうございます。


ありがとうございました。

こんばんは☆

お休み宣言して以来
拍手コメやコメントをいただいたり
今も気にかけてくださってること
本当にありがとうございます。
嬉しかったです。


6月に入ってから、また全く眠れなくなってしまいました。
「今までどうやって眠ってたのか?」と思うほど、睡魔が無くなってしまって・・
眠剤を飲んでやっと寝付いても、1時間おきに目が覚めます。
きっと、また自律神経が狂ってきてるんですね。

病院での検査や通院、内視鏡手術も控えていますので
今は自分の体を労わる時期かなと思っています。


夕食後のPC漬けから離れた事で
愛犬とべったり、ひっつきもんつきしたり
娘とテレビを観たりで、夜の時間に余裕が出来ました。


この先、みなさんのブログにお邪魔した時には
「あ~元気でやってるんだな・・」と
思っていただけたら嬉しいです。

本当に、ありがとうございました



プロフィール

Author:みさ
6年前に大切な主人を亡くし
人生の道しるべを失いました。
突然おいてきぼりにされ
悲観にくれる日々でした。

今でも、主人との想い出に
逃げ込むこともありますが
立ち止まったりひき返したりしながら歩き始めました。

一男一女をもつアラフィフです。

子供達の幸せを見届けることが
最大の夢であり使命だと思っています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

花時計
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。